3.11
3.11と写真家
Posted in 3.11 by tomo ishiwatari on 2011-10-19
『Newsweek 2011/9/14号』



『Newsweek 2011/9/14号』に写真家の本城直季さんが撮影した被災地の写真が掲載されています。
掲載タイトルは「リアルな被災地の薄れゆく実像」。
『週刊金曜日 2011/9/9号』


雑誌『週刊金曜日』にて、編集者の後藤繁雄さんと、2人の写真家小山泰介さん・
頭山ゆう紀さんが現在の東京を触知するための作業として、
「TOKYO IS:」という連載をしています。
『思想地図β vol.2』



『思想地図β vol.2』の特集・震災以後では写真家の新津保建秀さんが
東北を取材撮影しています。
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真夜中 2011 Early Autumun
Posted in 3.11,news by tomo ishiwatari on 2011-08-17
雑誌『真夜中』に掲載中の、「報道写真について」のホンマの記事、大変ご好評いただいております。
ご購入いただいた皆さま、ありがとうございます。
たくさんの方に読んでいただきたいので、まだ読まれていない方に少しだけ中身をお見せします!

続きは本誌にて!
近所の本屋にないよーという方、真夜中のホームページでも販売しておりますので、
ぜひ一度のぞいてみてください。
http://www.littlemore.co.jp/magazines/mayonaka/
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関東大震災の絵はがきPostcards of The Great Kanto Earthquake
Posted in 3.11 by iseki ken on 2011-06-27
こんにちは。between the booksエディターの井関ケンです。
今日は柘植書房新社から1990年に出版された『絵はがきが語る関東大震災』という本を紹介します。
1923年9月1日におきた関東大震災のあと、震災写真を使ってたくさんの絵はがきがつくられました。多くの印刷所がひどい被害を受けたにもかかわらず、寄付金のため、単にそれに便乗したお金儲けのため、多くの絵はがきが街中にあふれました。テレビなどなかった時代、地方から来た人が東京の惨状を全国に伝えるための手段にもなったようです*1。
ここに紹介するのは、白黒写真を元に手作業で彩色されたあと、多色印刷された絵はがきです。中には不自然に炎や煙が描きこまれた写真もあります。
Hi, this is Ken Iseki, the Editor at between the books.
Introducing today is a book called “絵葉書が語る関東大震災 – Ehagaki ga Kataru Kanto Daishinsai (Seeing The Great Kanto Earthquake Through Postcards) published by Tsugeshobo in 1990.
After the Great Kanto Earthquake on the 1st of September, 1923, a lot of postcards using the photos of the devastation emerged despite the severe damage at printing offices. The postcards were sold in the city, some for charity and some for moneymaking taking the advantage of the disaster. Without any visual mass media back then, they also became the means to convey the desolation in Kanto areas to the rest of Japan*1.
The black and white prints were coloured manually and then colour printed. You can tell some have been exaggerated with excess smoke and flame.

場所不明 惨害常 夜天空に漲る(みなぎる)火煙
Location Unknown – Fire smoke in the dark

大震害を蒙(こうむ)りたる二重橋
Nijubashi Bridge

(上)京橋区 惨状の最も甚だしかった築地の大亀裂
(下)麹町区 ペチャンコになった日比谷公演音楽堂と震災前の音楽堂
(Above) Kyobashi-Ku: The massive cracks in Tsukiji
(Below) Kojimachi-Ku: Hibiya Concert Hall before and after the quake

(上)場所不明 大震災大火を呪う如き怪雲と猛煙
(下)京橋区 猛火に包まれた京橋附近
(Above) Location Unknown: Big cloud and smoke
(Below) Kyobashi-Ku: Kyobashi area surrounded by ferocious fire

(上)麹町区帝国ホテル附近の猛火
(下)麹町区 猛火に包まれる警視庁と震災前の警視庁

(上)麹町区 数寄屋橋付近の猛炎
(下)日本橋区 日本橋付近の猛火と震災前の日本橋

(上)京橋区 京橋区銀座街の大惨状と震災前の銀座大炎
(下)京橋区 京橋区山下橋付近の大延焼と震災前の高架線
(Above) Kyobashi-Ku: Ginza before and after the quake
(Below) Kyobashi-Ku: Yamashita Bashi Bridge area before and after the quake

(上)本所区 本所国技館付近の惨状と震災前の両国国技館
(下)本所区 惨憺(さんたん)たる吾妻橋の焼失と震災前の吾妻橋
(Above) Honjo-Ku: Ryogoku Kokugikan before and after the quake
(Below) Honjo-Ku: Azumabashi Bridge before and after the quake

(上)浅草区 猛烈を極めたる浅草仲見世の大延焼と震災前の仲見世の賑わい
(下)浅草区 六階より折れて付近は火の海となる。別図は帝都の高洛と誇りし十二階の雄

(上)浅草区 震災前の浅草公園屋敷と全焼したる花屋敷、吞気な象クンの避難
(下)右往左往に逃げんとする避難民の実景
(Above) Asakusa-Ku: Asakusa Park before and after the quake and the elephant evacuation.
(Below) Crowd evacuating in confusion.

(上)麹町区 丸の内へ避難する群衆。日本橋及び神田方面の猛火を望む
(下)その他 田端付近の避難民
(Above) Kojimachi-Ku: Crowd evacuating to Marunouchi. Furious fire towards Nihonbashi and Kanda.
(Below) Evacuees around Tabata
*1 Reference Kanagawa University Website - The 1923 Great Kanto Earthquake: Photo/Map Database
*1参考 神奈川大学のサイト 関東大震災 – 地図と写真のデータベース
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Ryuji Miyamoto “KOBE 1995 After the Earthquake”
Posted in 3.11,site trekking by iseki ken on 2011-06-1
こんにちは。between the booksエディターの井関ケンです。
写真家の宮本隆司さんが、1995年に阪神大震災後の神戸を撮影したシリーズ 、”Kobe 1995 After the Earthquake ” を紹介します。
Hi, this is Ken Iseki, the Editor at between the books.
Introducing today is ”Kobe 1995 After the Earthquake” by Ryuji Miyamoto, which focuses on Kobe after the earthquake.

神戸市中央区三宮 そごうデパート
Sogo Department Store – Sannomiya, Chuo-ku, Kobe
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写真集トレッキング第5回 Taishi Hirokawa “Still Crazy”
Posted in 3.11,site trekking by iseki ken on 2011-05-21
こんにちは。between the booksエディターの井関ケンです。
今回は広川泰士さんの『Still Crazy』です。
この写真集は、広川さんが1991年から1994年にかけて、日本にある53基(当時)の原子炉を撮影した作品です。広川さんは、8×10の大判カメラを使って原子炉のある日本の風景を切り取りました。
19 August 1993 Mihama
福井県の美浜原子力発電所。
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ROLLS TOHOKU 3/31-4/3
Posted in 3.11,site trekking by iseki ken on 2011-04-26

こんにちは。betweent the booksエディターの井関ケンです。
子どもたちが学校のグラウンドでサッカーをしています。この写真を被災地である宮城県石巻市の渡波小学校で撮影したのは、新聞記者でもフリーのカメラマンでもありません。
実際に被災された方なのです。
これは、写真家の平野愛智さんが「ROLLS TOHOKU」と題し、被災地の方々に使い捨てカメラ(写るんです)を渡して、被災者の方々に写真を撮ってもらい、それをウェブサイトにまとめたプロジェクトです。
Hi, this is Ken Iseki, the Editor at between the books.
Kids are playing soccer in the playground at Watanami Primary School in Ishimaki, Miyagi. The area was heavily affected by the recent earthquake and tsunami. This photograph was not taken by a journalist or photographer – but by the sufferer him/herself.
This is a part of project “ROLLS TOHOKU“ led by the Photographer, Aichi Hirano. He has given disposal cameras to those affected by the disaster and put together the photos taken by them on a website.

これまで、私たちが新聞やネット上で目にしてきた、たくさんの震災写真のほとんどは、当事者ではない報道者によって、撮影された写真です。
これまでも、災害や戦争などの報道写真は、外部の人間が、彼らの目線で切りとったイメージでした。
he images we have seen on the papers or internet are all shot by the media, from their point of view. This was also the case for most of the dreadful events from the past.

しかし、このROLLS TOHOKUプロジェクトでは、被災者の方々が、実際に体験していること、身の回りでおこっていることを撮影しています。
ですから、つぶされてしまった家も、校庭でサッカーをする子どもたちも、毛布にくるまって寝る犬も、途方にくれるおばあさんも、談笑するおじさんたちも、沼地になってしまった町も、ピースサインをする子どもたちも、すべて一緒に写されています。
In this ROLLS TOHOKU project, those affected shot what they actually saw, experienced, and encountered around them.
Everything, from the squashed house, kids playing soccer, dogs wrapped in a blanket, old lady at a loss, middle-aged men chatting, a city turned into a swamp, to the kids giving the peace sign is bundled into one place.

談笑するおじさんたち
Middle-aged men chatting.

毛布にくるまって寝る犬
Dog wrapped in a blanket.

破壊されてしまった家
Half collapsed house.

ピースサインする女の子
Girls.
当事者か報道者か、主観的か客観的か、いろいろな写真があります。被災者の方々によって撮影されたこれらの写真が、インターネットによってたくさんの人が見ることができる。今の時代と平野さんの実行力があってこそ実現できた、とても価値のあるプロジェクトだと思います。
ROLLS TOHOKU 3/31-4/3のサイトはこちらです。
Photographs can have a wide diversity - whether they were taken by those affected or by the media, or from a subjective or objective perspective.
To be able to see the photos taken by those affected on the internet. This would not have come true without the technology of today and Hirano’s dynamism. A very valuable project.
The ROLLS TOHOKU 3/31-4/3 website is here.
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二つの自由の女神像
Posted in 3.11 by manami takahashi on 2011-04-22

『AERA 2011/4/11号』に、藤原新也さんによる東日本大震災のルポ「破壊と孤独」が掲載されています。
瓦礫の向こう側に写っているのは、宮城県石巻市の中瀬マリンパークにある自由の女神像。
先日タカザワケンジさんによるグラフ雑誌の緊急復刊の記事を掲載しましたが、2001年に休刊となった『FOCUS』も、「大災害緊急復刊」として先週発売されました。
こちらにも、同じ自由の女神像が写った写真が掲載されていました。
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グラフ雑誌が伝えた大震災 「緊急復刊アサヒグラフ 東北関東大震災」
Posted in 3.11 by iseki ken on 2011-04-18
東日本大震災の報道のため、休刊していたグラフ雑誌が緊急復刊しました。インターネットや映像など様々なメディアで情報が飛び交うなかで、写真が果たした役割とは。フリーライターのタカザワケンジさんの記事です。
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グラフ雑誌が伝えた大震災
「緊急復刊アサヒグラフ 東北関東大震災」
タカザワケンジ
3月11日に起きた東日本大震災を受けて、さっそくその翌週に写真を中心とした大判の雑誌が二冊発行された。「緊急復刊アサヒグラフ 東北関東大震災」と「サンデー毎日緊急増刊 東日本大震災」だ。いずれもかつて存在した「グラフ雑誌」のフォーマットを踏襲している。
「グラフ雑誌」とは、アメリカの「LIFE」誌に代表される写真を大きく扱う雑誌で、日本では新聞社が「アサヒグラフ」「毎日グラフ」などを発行していた。戦後から高度経済成長期に隆盛を誇ったが、のちに部数を減らしていく。「LIFE」が1972年に最初の休刊をしたときには、報道の第一線が写真(雑誌)動画(テレビ)へと移行したことの象徴だとされた。それほど、グラフ雑誌は写真をあつかうメディアの中心にあった。
「アサヒグラフ」は1923年創刊の老舗雑誌で、2000年に休刊している。80年代以降は報道よりもカルチャーや人物紹介などに重点を置き、写真家の作品発表の場という一面も持っていた。
今回の「アサヒグラフ」は「緊急復刊」と銘打たれている。出版流通的には「週刊朝日」の臨時増刊という位置づけで、同誌編集長の山口一臣が編集・発行人を兼ね、編集後記で「(大震災の惨状を)写真を大きくして、お伝えしたかったからです」とその復刊の理由を書いている。

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The New York Timesの震災報道写真
Posted in 3.11 by iseki ken on 2011-03-22














24 October 1991 Second Fukushima
23 October 1991 Hamaoka
23 September 1991 Mihama
19 August 1993 Monju










