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「その森の子供」書評紹介 アサヒカメラ 2012 3月号より

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こんにちは!

今週は「その森の子供」の書評と展評をご紹介します。

今回はアサヒカメラに掲載された生物学者の福岡伸一さんによる書評を紹介します。

 

森とキノコ
凄惨なる事件の現場
評・福岡伸一 生物学者

 

森の写真。ただ樹木と草が映し出されているだけだ。そこには色鮮やかな花、林間を舞う蝶、あるいは梢を通う鳥などは見当たらない。だから森は、かえって不気味な印象を私にあたえる。まるで何か恐ろしい事件が起きた現場のような。

森の写真と交互に挟み込まれたキノコの写真。引き抜かれ、無機的な白い台の上に無造作にころがされている。根元には土や枯れ葉の破片がついたままだ。だからキノコは、むしろ非生物的な印象を私にあたえる。まるでその現場からたった今、発見された凶行の検証物のような。

さまざまなキノコのいろんな形をした傘は、まるで花のようにみえる。しかしキノコは植物ではない。植物の特性である光合成能力をもたないから。

キノコは、カビや酵母の仲間、つまり菌類に分類される生物である。キノコのほんとうの姿は、傘の地下に張り巡らされた長い菌糸。菌糸とは細長い細胞が連結したもので、これを木の根っこなどにくっつけて栄養を吸い取る。また菌糸から有機物を分解する酵素を分泌し、分解物を吸収して栄養にする。

彼らのもつ分解力と吸収力はとても強力である。森が落ち葉で埋まらないのも、動物や鳥や虫の排泄物や死骸がいつの間にか消え去るのもキノコをはじめとした森の菌類のおかげである。

キノコの生命力は旺盛だ。私は虫を探しに、山道をあるいていたとき、見事なキヌガサタケをみつけたことがある。みるみるうちにキヌガサタケは成長していった。ちょこんと帽子を被ったような先端のドームのすそから、網目状の白いスカートがふんわりとひろがっていくのだ。細胞分裂の速度を、目視で実感できる生物はキノコの他にはないだろう。他の多くのキノコでも、傘は一夜のうちに開く。

それがゆえに、つまりキノコが急速な細胞分裂の能力をもち、そのために素早く栄養を吸収する能力を有するがゆえに、キノコはもっとも敏感な環境変化の感知者にもなりうる。炭坑のカナリアのように。もし何か凶悪なものがその地域を広範囲に襲ったとき、キノコは生物としてもっともはやくその影響を受けるだろう。しかし動けぬキノコたちは、逃げることも身を避けることもできなかった。

つまり、私がこの写真集を見たとき、最初に感じた印象は正しかったわけだ。森は凄惨なる事件の現場であり、キノコたちは目に見えぬ凶行の、もっとも脆弱な犠牲者だったのである。

 

次回は美術批評家の椹木野衣さんによる「その森の子供 mushrooms from the forest 2011」展の展評を掲載します。

どうぞお楽しみに!

 

Written by tomo ishiwatari

2012/05/02 at 14:43

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