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「ホンマタカシ ニュー・ドキュメンタリー」展 倉石信乃

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ホンマの展覧会への批評を紹介するコーナーです。第一弾は、『アサヒカメラ』 2011年4月号の展評’11のコーナーに掲載された、倉石信乃さんの批評です。

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展覧会はいつも自作の編集の手強い機会だが、写真家は賭けに出た。オーソドックスな回顧展を忌避して、退路が断たれたのである。アパーチャー版の写真集『Tokyo』(2008年)のように、アンソロジーとして作品を提示する可能性があらかじめ排除されたということだ。ハワイのノースショア、その海波を即物的にとらえた連作「NEW WAVES」(07年)が選ばれていないことも、展覧会の性格を規定した。本展では、写真作品に対する感性的な投射と受け取られるような直接的な痕跡はいったん遠ざけられており、ある迂回を経ることなしには、ホンマタカシの作者性は顕在化しない、そうした原則に貫かれている。

その結果、観者の眼差しは宙吊りの位置へと緩慢に誘導される。この美術館特有の迷路的な導線は煩わしい反面、そこに散漫な歩行的快楽を呼び込む仕掛けは、作品が誘う不安定な位置と同期した。こうした不安定さはまた、ホンマが仕掛けた巧緻のあとか、それとも時代の不可避的な要請の産物か。たぶんその両方が互いを裏切りながら作用して、珍しい個展が出来上がった。この宙吊りの意味を探ることは、少なくとも「日本の現代写真」を考える上では貴重な機会となる。

「居場所」のない写真なる存在

 

世界各地にあるファーストフードの店舗を撮影しシルクスクリーンで転写した連作「M」では、写真が床面と並行する低い位置に並べ置かれた。写真展の会場構成上の課題のひとつは、壁面への過度な依存であり、それを解消するため、よく室内に広がる床面を意識した方法が選び取られ、多くは失敗に帰す。ここでも空間構成に資するように勘案されていたが、無論それ以上の意味が与えられている。足元にフラットに置かれた写真の位置はそのまま、写真なる存在の分類しがたさを物語る。写真の棲息域はかつて机上・卓上にあり、手元で触られ見つめられるのが写真だった。写真は紙だから、破られ燃やされめくられた。この展示における曖昧な「低さ」は、掲げる(絵画)とめくる(書物)の、二つの身振りの間にありながら、ついに本来的な「居場所」のない写真なる存在、その特異性のたとえの「位置」なのだ。別の不安定さは、遠く離れたライトボックスに映し出されたアルプスの頂を双眼鏡で覗く形式の「Seeing Itself」でいっそう強調された。写真的経験をあたかも確率のゲームに還元するところに、このメディアの素朴な使用に対する、作者の反感の根深さが読み取れる。

「M」の写真は、一部に網点が強調され、また版の数をひとつ減らすことで特定の色ばかりを浮き立たせた。けれども「版の制度」との戯れが向かう先は、写真の多義性の獲得などではない。そうではなく、ポップアート初期にあった複製技術の使用と、その主題の複製性との同調が醸し出す、レトロスペクティブな感興の一点にほかならない。かつてのスープ缶、洗濯石けんのパッケージが、マクドナルドの店舗建築に置換すること。ポップアート的な語彙への逆行的な使用は、シミュレーショニズムと好対照を成し、つまりは批判的思考と手を切って披瀝される、懐旧的な趣味を内実とする。それは写真家が遠回りしてたどり着いた、シンプルで鄙びた懐かしさなのだ。だから「M」は、コンビニのロゴの記号性をミニマムな視認性において抜き書きしその浸透ぶりを提示した中村政人の立体や、たばこの広告におけるアメリカ性に同化したリチャード・プリンスの写真に見られる、自己言及/批判とは質を異にする。それは、森山大道のウォーホル受容を踏襲する、日本写真史における「翻訳の伝統」に連なるものだ。

写真/美術のメディア的な弁別や定義と戯れつつも、われわれをいかなる同時代的な批評とも無縁な場所へと誘うのは、「Trails」でも同断である。北海道での鹿狩りに随行して、猟の首尾、つまり雪中の血痕をとらえたこの連作では、大小のプリントに加えて、主に赤の絵の具で描かれた絵画も併置された。絵画の導入は、中平卓馬によるゴダールの映画への言及を想起させる。中平は映画「ウィークエンド」について、「流された血は赤い絵の具であることを自明のこととして観客に明らかにした上で成り立つ血」であることの重要性を説き、虚構性の自覚的な暴露があってはじめて、実際に血が流れている生の現場への架橋が可能になるという、一種のリアリズム批判を説いた。素朴さを擬装したホンマの図解的絵画も、そして雪の森に付着した血痕の鮮やかさと死骸の不在も、中平のリアリズム批判の今日的変奏である。

しかし結局、重きが置かれるのは、そんな理屈を見せ球にしながら、いかに白地に鮮血という配色の快楽を引き出しうるか、という技術知と趣味の洗練である。見やすい事例は、赤の鮮やかさを際立たせるために、多くのプリントのカラーバランスが青色に偏していることだ。それと関連する「寒色系の白」への固執は、ほかならぬ展覧会図録や、アパーチャー版の写真集『Tokyo』の紙質にも共通する。

 

慎重かつ不安定な足取り

 

「Tokyo and My Daughter」と「Widows」はいずれも、ドキュメンタリーに虚構の要素を織り交ぜることによって、眼前の写真以外のところから忍び寄る外部規定を信用するなというメッセージを伝え「過ぎて」いる。そうすることで、意味ある仕事を理屈に引き寄せる一方、子どもや老婦人に対するホンマの眼差しの官能的な顕れはやや減力した。野生のマウンテンライオンの通り道をロサンゼルスの郊外に見いだすマイク・ミルズとの共作「Together」は、都市の意外に近傍にある自然の生態をめぐるドキュメントとしてよき啓蒙性をもつが、もし写真の素朴な信憑性に対する懐疑、という枠組みに固執したいなら、それが架空のプロジェクトであっても構わないはずだ。そうはならずに、この作品に限って素直に「事実証言的」な提示を容認するという不徹底ぶりに、「日本の現代写真家」たるホンマの「不安定なしたたかさ」が認められる。

SANAAの協力を得た「re-construction」は最も効果的な場の構築であった。広告やサブカルチャーの雑誌媒体で、これまでホンマが手がけてきた仕事の数々をラフに複写・製本したカタログを積み上げた展示は、モニュメンタリティーあるいは礼拝的価値をさりげなく打ち出しており、そこにはすでに写真家たちの主戦場たりえなくなった、この国のマガジンワーク一般への乾いた弔鐘も鳴り響く。そして、最適解を求めて「展示物としての写真」へと慎重かつ不安定な足取りで向かう、ホンマタカシの動機づけを半ば証し立ててもいる。

(倉石 信乃 批評家)

 

Written by tomo ishiwatari

2011/05/25 at 17:11

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