仏像とエグルストン:夢違観音と男性

おはようございます。瀬木です。
ホンマタカシ ワークショップの課題に「決定的瞬間との違いを意識しつつ、ニューカラー写真を撮ってくる」というものがあります。 その課題で僕は「配置によって、何でもないモノに意味を持たせるのがニューカラー写真である」という結論を得ました。
その結論をもって眺めると、
- ニューカラー写真では、何でもないモノが意味を持っている
- ニューカラー写真では、何でもないモノが何かを象徴している
- ニューカラー写真における何でもないモノは、宗教的オブジェクトである
と論理が展開します。
意味を持たされた何でもないモノを仏像に置き換えることにより、ニューカラー写真のこの性質を研究した成果が「仏像とエグルストン」です。
さて今回の作品は背後に「GOD」とあり、神が降臨したことが明らかです。
下界に降りた彼は堕落します。赤い光で満ちた部屋、全裸、頭を抱えた姿がそれを示すでしょう。そして呟きます。「何故このようなことに。夢なら覚めるべし。」
その呟きが僕に届きます。そこで僕は、お願いすれば悪い夢を良い夢に換えてくれる 夢違観音 をコラージュし、彼にその力を与えました。あとは彼が願いさえすれば、悪夢は覚めるのです。願いさえすれば。
「宗教的オブジェクトの中から仏像を選んだのは何故か」についてを次回。

「William Eggleston’s Guide」より
Greenwood, Mississippi












