今日の写真2010@佐原宏臣写真展 第2回(全3回)
全3回に渡ってお届けしているトークショー「今日の写真2010@佐原宏臣写真展」、第2回です。
佐原宏臣×ホンマタカシ×倉石信乃
表参道画廊にて
構成=タカザワケンジ
★自分の「外」へ向かって」
ホンマ■「回転」はどのような意識で作っていたんですか?
佐原■とんがっていたような気はしますけど。若さを前面に押し出そうとしていましたね。
ホンマ■さっきの「光のきれいな時間」と同じで、「回転」から若さはあんまり感じなかったけど(笑)。
佐原■僕の若いところをすごく押し出して(笑)。森本とはそういう話をよくしていました。
ホンマ■造形大では高梨(豊)さんに教わっていたんですか?
佐原■二年のときに初めて教わりました。
ホンマ■「回転」は見せていたの?
佐原■当時、高梨さんには「回転」を手渡しして観ていただいていたような記憶もあるのですが・・・。学生のときはほとんど話したことがなくて、卒業してからやっと話すことができるようになったって感じでした。
ホンマ■高梨さんは生徒の写真をけっこう厳しく批評するの?
佐原■厳しくは言わないです。ただ、いちばん印象に残ったのが、同級生だった僕のカミさんが撮った写真を高梨さんが講評したときのことなんです。荒川の河川敷で土手を撮っていて、土手のうしろに凧が写っている写真を見て「この凧があるからこの写真はいいんだよ」みたいなことをおっしゃっていて、当時、やみくもに反発していた僕は「それは違う」と思っちゃったんです。凧があるからいいとか、ここに人がいるからダメだとかは違うんじゃないか。いまでも多少はそう思っていますけど。
倉石■厳しい学生だね。
ホンマ■どういう授業だったらよかったの?
佐原■写真を撮ることっていろんな始まり方があると思うんですけど、なかなか自分の外にいけない感じがあると思うんです。ピントグラスの平面を見て、自分の内側にピンとくるものを探しあてるようにはできるのかもしれないけど、自分と違う世界に対して興味を持って向かっていけないと思う。だから、写真を使って、社会のある部分に入っていく術を教えてくれたり、社会に出て行く手助けをしてほしい。学生が撮った写真を見て、これがあるからいいとか美学的なことを話すんじゃなくて、君らはどうやってカメラを持って社会に出て行くんだということを教えなきゃいけないと思う。この写真がいいとか悪いとかなんて二の次じゃないかって思ってました。それはいまでもそう思いますね。
ホンマ■でも、写真を学びにくるほとんどの学生は美学的なことを知りたいんじゃないかな。この写真はどうすればもっと良くなりますかって。佐原くんくらい成熟した生徒は少ないかも。
佐原■その逆で、成熟できていないからなかなか外に出て行けなかったんだと思います。いまでも、一生懸命、親戚のなかで向かっていくっていうことをまずやっているくらいで。
倉石■そこから広がっていくんですか?
佐原■広がっていくっていうか……。葬式で親戚を撮ることも「外」だと思っているんです。こんなお腹の出た自分に興味はないじゃないですか、正直なところ(笑)。自分が思い描くものにまったく興味がない。
ホンマ■それはピントグラスのなかの世界に興味がなくなったってことだよね。
佐原■そうですね。さっき、「回転」のころといまの自分の写真は違う、と言ったのはそこかもしれないですね。仕事で子供を撮るときに、自分の思い描いていることなんて関係ないじゃないですか。そこで起こることに対して反応するしかない。
ホンマ■そのことに気づいたのは何歳くらいのとき?
佐原■三十歳超えてからだと思いますよ(笑)。写真屋を始めたばかりのころはそんなことを考える余裕もなかったから。でも、学校アルバムを年に二十何冊も一人で作るようになって、自分の持っている美意識になんて、学校の先生方は何も同調してくれないってことがわかりました(笑)。そこに写っている世界しか見ていないのが普通のことなんだなと。写真をやっている人たちのなかで話していたら「凧が写ってるから」という話になってしまうかもしれないけど。
★民俗学的な記録をどう見せるか
倉石■フィールドワーク的なことから入って、具体的な社会の問題にアプローチしていくような入り口を写真学校や大学が用意したほうがいいという意見はよくわかるんですが、佐原さんの作品はふつうの意味での社会性や、民俗学的な記録とは明らかに違うじゃないですか。たとえば、「何らかの煙の影響」は7人の死を扱っているといっても、固有名は出てこない。誰々のお葬式というキャプションはないわけで、それぞれの個々のイメージの脈絡はなんとなくありそうだけど、それを類推してもストーリーが見えてくるわけではない。フィールドワークなら、いつどこで誰がどのように記録したかという事実の証言が明確にあって、きちんとした記録としての構成が見えてくるはずだけど、佐原さんはそういうことにあまり興味がないように見える。ピントグラスのキラキラした世界だけを見ているということではないにせよ、やはり自己表現の一つなんじゃないかなと思うんです。少なくとも民俗学的な記録ではないですよね。
佐原■民俗学的な記録を外に映像として出すときに、ようするに、いままでのものがうまく行っていないんだと思うんです。映画の文法とか、写真の言葉を使わないとかたちにならないと思い込んでいるだけだと思います。でも、そうじゃないことをやっている人もいるはずだと思うんです。ちょうどいま、図書館で海女の写真集を借りているんですが、それは一見、民俗学的な写真に見えるんです。でも、何かズレちゃっているんですよ。いわゆる民俗学的写真集じゃなくて、裸の海女さんが写っているからエロもあるし。好きにやっているなと思った。でも、そういうことは評価の対象にはならないですよね。
ホンマ■葬式を撮ります、海女さんを撮ります、って、それを伝えようと律儀に写真家が撮っても、写っちゃったものを見る側がどう判断するかは勝手だし、写っちゃったものこそ写真の一番の特徴なんじゃないかな。それを意識的にやるか、無意識にやるかの違いだけ。意図からはみ出るところが、写真の最大の面白さなんじゃないかな。
佐原■海女を撮った人は意識があったと思うんです。ただ、それを受け入れる世の中の流通のほうに寛容さがない。
ホンマ■その写真集は成功しているの?
佐原■いや……(笑)。本人は満足しているような気がしますね。
ホンマ■自分の葬式の写真はどうなのかな。お葬式という儀式を撮って、そこからはみ出て写るものを狙っているのか、本当に葬式を撮っただけなんだけど、あとから見たら写真的にちょっとヘンだなと思ったのか。
佐原■そうですね……。撮っているときからはみ出るものを見ようと思っていました。
ホンマ■学校の卒業アルバムでは使えないようなところを撮っているということですか?
佐原■その逆で、むしろ、卒業アルバムみたいに撮っていました。卒業アルバムって、一人の生徒ばかりを撮っちゃダメだとか、なるべくいろんな状況を撮っておくとか、いろんな人が写るようにするとか、制約があるんです。卒業アルバム撮影のなかでやっていたことと、「何らかの煙の影響」でやったことは同じだという感じがしているんです。
ホンマ■たとえば、これが依頼された写真だったら、三分の一くらいは「いらない」ってことになるんじゃないの。葬式なのに何を撮っているかわからない写真が確実に入っている。
佐原■入っていますね……。僕が作っていた卒業アルバムがちょっとヘンだったかもしれない。
第3回に続く。
<佐原宏臣(さはらひろおみ)プロフィール>
1973年静岡県生まれ。1997年東京造形大学卒業。毎日新聞社出版局クロニクル編集部で編集アシスタントを経て、卒業アルバム制作会社に営業カメラマンとして7年間勤務。
1995年 写真同人誌『回転』を写真家森本美絵氏と刊行
1997年 卒業制作展「悲しみの風景 variations on the misery」東京造形大学構内
1998年 個展「河」 ガレリアQ(新宿)
1999年 個展「少年をとりまいていた環境」 ガレリアQ
2000年 個展「何らかの煙の影響」 ガレリアQ
2002年 写真家関美比古氏の追悼写真集『carnation』 共同企画編集・制作
2008年 写真家内野雅文氏の追悼資料集『内野雅文1973-2008 Photo-Document 追悼+資料集』共同企画編集・制作
2009年 グループ展「この壁を飾るのは誰、この台上を埋めるのは君」 早稲田大学ギャラリー/ビジュアルアーツギャラリー東京
2010年 個展「何らかの煙の影響」 サードディストリクトギャラリー(新宿)
2010年 東京写真月間2010 倉石信乃企画 個展「何らかの煙の影響」表参道画廊













